Age 19:No Longer a Child Best Friend’s Birthday (without me)
←Side Sealand:Best Friend's Birthday (without Him)
今頃は日本の家には、誕生日を祝う沢山の客が押し寄せているだろう。 筋書きが頭に入らない映画を追うのを諦め、俺はピザに手を伸ばした。昨夜の残りのピザはすっかり冷えていて、質の悪い油が舌に絡まってきた。先ほど迎えにきた弟の困惑した表情を思い出す。イギリスに良く似た眉毛を寄せて、マリンブルーの瞳を曇らせて。 悪いことをした。 でも、俺は今日、日本の家に行くわけにはいかない。誕生日くらい彼を解放してあげないと。もうこれ以上憎まれないためにも。
あれはもう、何十年も前。 俺は両手に下げた袋一杯にプレゼントやご馳走を詰め込んで日本の家を訪問した。まだ傷の癒えない日本を励ますために何日もかけて用意したバースデープレゼント。この国では手に入らない珍しい玩具や話題の本、彼の好きな白いクリームがたっぷりのったケーキにヒットチャートを独走する歌手のレコード。俺の家でもなかなかお目にかかれない南国の果物は、俺がステップを踏むたびに甘い香りを撒き散らす。 「日本!」 いつものように呼び鈴もならさず、俺は彼の屋敷に入った。大声で来訪を告げようかとも思ったが、寸前で思いとどめる。寝室で養生する彼に襖越しにバースデーソングを歌って驚かせてやろうと思ったのだ。忍び足で廊下を歩けば、ポチがとことこと寄って来る。足首に近づく彼の鼻がくすぐったくて、俺は身をよじる。 「・・・」 ふと、どこからか小さな笑い声が聞こえた。 「・・・っ、もう、」 途切れながらだらしなく流れるあえぎ声。荒い息遣い。 「はぁっ、ん、」
「イギリスさん」
凛とした低音はいまやすっかり湿り、俺以外の人間の名まえを呼んだ。 なんで? うるさく鳴り響く心臓を押さえながら、俺は逃げるしかなかった。 惨めなことに、二人に気付かれぬよう来たときよりも足音を抑えて。
イギリスと日本は別れたはずだ。俺が間に入ってかきまわしてやったはずだ。戦争前、最後にあった世界会議では二人は目もあわせなかったはずだ。終戦後もイギリスは見舞いにも来なかったし、日本の様子を俺が口にするたびに唇をゆがめてにらんできたはずだ。 俺は日本に優しくした。俺が出来る以上に優しくした。日本も俺に笑ってくれた。日本も俺に頼ってくれた。俺が目を覚ませてあげたことをとても感謝していた。アメリカさんのおかげです、アメリカさんに賛成です、アメリカさんは強いです、アメリカさんは正しいです。日本はイギリスのことなんか一言も口にしなかった。俺に笑って、俺にすがって、俺が頬にキスすることも許してくれたのに。 なんでだよ! でも、俺には寝室に飛び込んで二人をなじる勇気はなかった。 絡めあった手足を、はだけた胸を、俺以外の男の舌を受け入れる赤い唇を認めるなんて、できるわけがなかった。
家の外で俺は時間を潰し、二時間経ったころに呼び鈴を押した。 パタパタとかけてくる足音は子供の頃から聞きなれた癖があった。あいつの弟になったことを俺はこの瞬間後悔する。 扉を引き、イギリスは日本の屋敷にいる理由を説明する。 「よりを戻した」 たった一言。 茶の間では日本がコタツから足を抜き、丁寧に頭を下げた。 清純そのままのたたずまいだが、うっすら染まった首筋に情事の痕跡が垣間見えた。 「お寒かったでしょう、遠いところをご足労くださり恐れ入ります」 不意に、俺はその笑顔が偽物であることに気がつく。 昔の日本はこんな風に笑わなかった。 俺が不思議なものを見せたり冗談を言ったりすると、大きな黒い瞳をぱちくりさせて、唇をかすかに上げる。大きな声をあげたりはしないけれど、細めた瞳のおだやかな黒が俺は大好きだった。 今の日本が俺にくれる笑顔には闇があるだけ。昔覗いた井戸の底のような、すべてを隠した闇。 「ああ、この玩具は本当に面白いですね。こんな細工物が大量生産できるとはさすがアメリカさんです。アメリカさんの家の子供たちは幸せですね」 日本の声はどこかの台本をそのまま棒読みしたかのようだ。何故今まで気がつかなかったのだろう。 日本にとって俺は支配者。俺は彼を奪ったつもりで、永遠に失ったのだ。 上司との約束をでっち上げ、俺は早々に日本の家を退出した。 イギリスも日本も形ばかり俺を引き止めただけで、肩を並べて俺を見送った。 日本は俺のプレゼントを喜んでくれた。イギリスの贈り物については何も言わなかった。でも日本の心に残るのはイギリスからの薔薇の花と抱擁、そして彼と二人きりで過ごす時間なのだろう
あれからもう数十年が過ぎた。 俺と日本の関係も表面上は変化した。しかし、日本の中では俺の地位はいつまでも変わらない。 だから俺は今日、あの家に行くことはできない。どうしてもあの家に行くわけにはいかない 外でシーランドが見ているのかもしれないから、俺はスーツを着て職場に向かった。執務室にいる分には子供の目には何をしているかわからない。『上司に呼ばれて』『目を通したい書類』こんな言い訳は幾らでもごまかせる。自由という国是からかけ離れ、俺の心は彼への思いに縛られていた。
神様。 バスから見える古い教会の尖塔に、俺は彼のために祈る。 彼のこれからの一年を祝福してください。 そして、俺自身のために祈る。 これからの一年でこの気持ちを消してください。 それが叶わぬのならば、せめて。 これからの一年、秘かに思い続けることをお許しください。 神様。 |
■戻る